『飛ぶ教室』
毎年クリスマスが近づくころに読み返したくなる本がある。ドイツの作家ケストナーの「飛ぶ教室」だ。寄宿学校を舞台に一群の生徒たちと、彼らを取り巻く人々との交流の物語である。
每当圣诞临近,笔者都会有那么几本想要重新翻阅的书籍。今年想看的是德国作家凯斯特纳的《飞翔的教室》。这部小说描绘了以寄宿学校为背景的一群学生,以及他们和周围人交往的故事。
主人公の一人は、貧しい給費生のマルチン。冬の休暇直前に故郷から手紙が届いた。父親が失職し、旅費が工面できないという。他の生徒が帰省する中、学校に居残る彼を舎監のベク先生が見つけた。「どうしたわけなのだ」「いいたくありません」
主人公之一,是一名领着助学金的贫苦学生玛鲁卿。在寒假来临之前他收到了家乡的来信,信中写到“父亲失业,无法筹措旅费”。就在其他学生都回家的这个寒假,宿管办的贝克老师发现了留在学校的他。“怎么回事?”“我不想说。”
泣き崩れるマルチンに先生は20マルクを渡す。「クリスマスの前日に贈る旅費は返すにはおよばない。そのほうが気もちがいいよ」(高橋健二訳)。その晩遅く、息子の帰還に驚く両親にマルチンがまっ先に言ったのは、「帰りの汽車賃もぼく持ってるよ」だった。
老师给了放声大哭的玛鲁卿20马克。“圣诞前给的旅费是用不着归还。你只要这么想心情就会好的。” (高桥健二译)。那天夜晚,迟归的玛鲁卿首先对吃惊的父母说到“我也有回程的火车票。”
何度読んでも、ここで目頭が熱くなる。本が書かれた1933年は、ヒトラーが政権を取った年だ。世界が不況に沈み、多くの人にとって、貧困や失業は生々しい問題だった。
这本书不论看过几遍,每每看到这里笔者总感动得要落泪。此书写于1933年,是希特勒夺取政权之年。世界陷于不景气的状态中,对许多人来说,贫困和失业都是一个活生生的事实。
今からみれば、主人公の抱える友情やライバル関係の悩みは甘っちょろいかもしれない。最近ドイツで映画化された「飛ぶ教室」では、学校への不適応や両親の離婚など現代の状況を織り込み、大胆に改作していた。
现在看来,主人公对于友情及竞争对手等关系所拥有的烦恼或许过于天真了。最近德国将《飞翔的教室》拍摄成电影,在片中对原著进行了大胆的改写,加入了玛鲁卿对学校的不适及父母离婚等现代一些现象的描述。
しかし、原作の伝えるメッセージに変わりはない。ケストナーは言う。「どうして大人は子どものころを忘れることができるのでしょう。子どもの涙は、決して大人の涙より小さいものではありません」。子どもを暴力や欲望の対象としか見ない悲劇が続く年の終わりに、改めてこの名作を読もうと思う。
但原著所要表达的思想并没有改变。凯斯特纳说到“为什么大人能够忽视小孩的眼泪呢?孩童的泪水决不亚于大人的眼泪”。在我们只看到以孩童为暴力或欲望对象的悲剧迭起的这个年终,笔者想要再度读读这部名作。